
大人は船で遊ぶのだ。福岡市唯一の屋形船「中洲はかた舟」の宴会とはこれだ! 中洲はかた舟(中央区西中洲)
30年以上の歴史があるという「中洲はかた舟」。
これまでぼくはいつだって、中洲にかかる橋を渡りながら、那珂川を走る船を見ているだけだった。が、ふんっ、今夜は乗るのだ。あの船に乗り込むのだ。船の上の宴会とはいったいどんなものなのだろうか。じゃ、そろそろ行きますよ。
大人のたしなみを初体験
船遊び。
ああ、なんと浪漫あふれる言葉よ、船遊び。
50年近く生きてきたが、これまで経験することはなかった船遊び。
旦那、想像がふくらみますな、ちんとんしゃん。
遊びたい。心から叫ぶ。船で遊びたい。遊びたいんだよ、船で。
誰がなんと言おうと、今夜は船で遊ぶのだ。
男に生まれたからには、船で遊ばねばならぬのだ。
と、甘い興奮を心のうちにそっとひそめて、ぼくは「中洲であい橋」にある乗船場の階段を降り、和船「中洲はかた舟」に乗り込んだのだった。

入店ではない。乗船である。
10月の終わり、午後6時。陽は暮れかけ、ゆるやかな風が頬に心地よい。入り口で靴を脱げば、そこはいきなり宴会場である。
厳しめのアイさんに教育される
誘ってくれた方以外は知らない人ばかりで、「はじめまして」と軽く自己紹介をしていると、3本の瓶ビールを持ってきた店員の中年女性がテーブルのコンロに火をつける。
ややや、ままま、あらららら、などと言い合いながらビールを注ぎ合って乾杯すると、そのいかにも日本人らしい行為が終わるのをクールに見つめていた中年女性(中国系の方だったので、親しみを込めて「アイさん」と呼ぶことにする。「おばさん」くらいの意味だ)が半ば強引に隣の人との間に割り込んで、桶の中の鶏肉をすべて鉄板の上に載せた。

樽入りというのが、なんだか船っぽい。

アイさん、ためらいなく一気に載せた。
「薩摩地鶏ね。焼けたら分けるね」
アイさんから命令されたぼくが、なんとなくテーブルの調理担当となる。7人で分けるとしても、一人分はけっこうな量になる。「さっき食べてきたばかりなので」という方のぶんを少なくしたこともあって、4分の1は鉄板の上に残った。

タレは甘めだが、ムネ肉なのでさっぱりはしている。
「これ、鍋持ってくるから、残り、とって。お兄さん、がんばって」
アイさんはシリアスな表情でぼくにそう告げる。「いや、ぼくは船遊びに来たのであって……」とは言えない。自分の皿に多めに載せて、比較的若いほうのメンバーに「お願いします」とか言いながら分ける。
「船はまだ動かないの?」
ぼくより少し年上であろう「センセイ」呼ばれている男性がアイさんに尋ねる。
「6時半から別のお客さん乗ってくる。動くはそれから」
ビシッと一言。
鍋がやってくる。

寄席鍋のイデアのような寄せ鍋である。
アイさんはぼくの隣に、もう無理やりと言っていいくらいの勢いで割り込んでくる。
太もも同士が密着してしまうのを避けるために、ぼくは体をひねって窓にくっつくような体勢をとらなければならない。けっこう苦しい。
寄せ鍋の具材たちが、かなりぎゅうぎゅうに詰められていくのを、ぼくもぎゅうぎゅうと押されながら、アイさんの脇の下を通して見ている。

窓側の席にへばりついた状態で見える景色。

煮えたら後は勝手にどうぞ。
あれ、船が動き出したぞ。
「あ、6時半、また、戻ってくる。それまで動くね」
先ほど質問したセンセイが「なんか、催促しちゃったみたいだな」と頭をかきながら恐縮している。
開いた窓から流れ入る風が、なんともやわらかだ。川面から見上げる中洲の夜景が目新しい。視点が違うだけで、こうも変わって見えるのか。

ネオンを見上げてみる。楽しい。
なんてことを思った矢先に、この広告に目を奪われる自分を恨む。

まあ、男はいろいろと悩みがあるのです。
カラオケの音が割れる、歪む
さて、アイさんがようやく去り、鍋をつつき始めたら、「じゃあ、そろそろカラオケを」「ええ、もうですか?」なんて会話がなされて、わはははは、それじゃいきますかと大会のスタートだ。
船である。天井が低い。普通に立てば誰もが頭をぶつける。が、この北島三郎を歌い上げる大先輩は、ジャストサイズである。この方のために船が設計されたのではないか、というくらいにぴったりだ。神秘である。

誰のものかはわからないが、色紙に頭がジャストフィット。
カラオケの音が見事に割れているのは、スピーカーがモニターのそれだからである。最大音量にしているのだろうが、そりゃ、歪むわな。ビヨン、ビヨンとノイズが鳴り続けている。でも、なんだか船だとそれも許せる。
トンネルをくぐったり、クールな鷺を眺めたり、ラブホテル街やソープランドの壁を見上げたり、川沿いを歩く白人に手を振ったりしながら、鍋をつつき、ビールを飲み、じゃあ次はハイボールで、なんてやっているので、けっこう忙しい。
そう、それに調理担当なのだ。残っている具を鍋に入れようとしたら、アイさんから「それ、入れると、魚、くずれる。先に魚、ぜんぶ食べる」と叱られた。「お兄さん、がんばって」。そうか、これが船遊びの現実だったのか。
でも、雑炊まで作り終えたアイさんは、使命を果たした安心からか、急に優しくなって、笑顔で話しかけてくれる。なんだろう、この湧き上がる喜びは。そうか、これが船遊びの妙だったのか。
また乗るだろうな、たぶん、きっと
2時間かけて、元の船着場に戻ったら宴会は終了。このスパッと終わるところも、船遊びの利点だなと、西中洲をへろへろと歩きながら、そう思った。
たぶんね、ぼくはまた乗ると思うな、この船に。料理はね、まあ、ほら、なんですよ、まあ、そんな感じです。接客はね、初めはほら、あれでしたけど、総じてよかったですよ、ツンデレでしたけどね、アイさん。
でもね、なんというか、そういうのも全部含めて、懐かしくて、優しくて、やわらかな時間だったのです。
なので、うん、また乗ると思うな。
ライター
鶏肉屋の三男として生まれたせいで幼い頃から飲食店が近しい存在で、飲めるようになってからは一日も酒を欠かしたことはなく、立飲みから高級店まで、まあ図々しく呑み喰い語る日々。今日も反省なく喰らう、喰らう。
■店舗情報
店名 | 中洲 はかた舟 |
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ジャンル | 観光、居酒屋、船、屋台船 |
TEL | 092−734−0228 |
住所 | 福岡市中央区西中洲4−6 |
交通手段 | 地下鉄中洲川端駅より徒歩3分 |
受付時間 | 11:00〜24:00 ※前日までの要予約 |
定休日 | なし |
